年表

西暦(和暦) 出来事
1852年(嘉永5年) 12月 幕府に申請して琉砲船を建造せんことを請ふ、幕府之を承認す。(後の昇平丸)
1853年(嘉永6年) 5月 櫻島漕の浦(瀬戸村)及び牛根(田原直助記録)に造船所を新設し、同月琉砲船(昇平丸)を漕の浦に起工す。
9月 15日 (幕府)大船解禁の令を発す。
11月 幕府に申請し、軍艦十五隻(内蒸気船三隻)を建造せんことを請ひ、且つ船舶旗章に日の丸を用ゐんことを提議す。幕府製艦を許し、船章は追て何分の指令あるべきを以てす。
1854年(安政元年) 【日の丸関連の動き】 旗章に関する斉彬公案は、一旦評定所其外有司の否決する所となりたるを以て、阿部閣老 之を水戸斉昭公に謀る。然るに水戸公、日の丸説を主張して止まず、遂に幕議を決す。 同年7月1日 更に斉彬公の進言あり。 同年7月9日 幕府日の丸の旗を以て、日本の船舶旗章と為す旨を発令す。
4月 琉砲船(昇平丸)進水す。
7月 牛根、有村造船所に於て、大元、承天、鳳瑞、萬年丸を起工す。
12月 櫻島瀬戸村に於て、製造したる大砲船(昇平丸)竣工す。
1855年(安政2年) 8月 昇平丸を幕府に献納す。 昇平丸が江戸・品川に入港した時、初めて我が国の船印として日の丸が掲げられる。
1856年(安政3年) 3月 幕府の注文大砲船、鳳瑞、大元丸鹿児島を出港す。
1858年(安政5年) 7月 斉彬公薨去。(7月16日薨じ同月20日喪を発す)
1859年(安政6年) 幕府は幟から旗に代えて日章旗を「御国総標」にするという触れ書きを出す。
1870年(明治3年) 1月 27日 日の丸を日本の国旗として制定。

最新記事

DSC_1111_800

2012年11月15日

『昇平丸』現る!!
20121010-001

2012年10月12日

起工式の記事(追加)
IMG_1510

2012年10月8日

起工式を行いました